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WHOプライマリーヘルスケア看護開発協力センター

WHOプライマリーヘルスケア看護開発協力センター

2019年度

看護 2019年9月号 第71巻 第13号

国連機関と協働したアスベスト関連疾患撲滅活動

教育プログラムをフィリピンで開催

アスベストおよび関連疾患についての知識を普及

 アスベストは、吸い込むと数十年後に石綿肺、肺がん、中皮腫などの重篤な疾患を引き起こす。
 世界保健機関(WHO)は、労働災害によって10万人、さらに環境曝露によって数万人が毎年関連疾患によって死亡しているとして、国際労働機関(ILO)と共同でアスベスト関連疾患の撲滅を呼びかけている。先進国はアスベスト製品を規制しているが、規制前に使ったアスベスト製品がすべてなくなるまで人々のアスベストへの曝露は続く。しかも、アスベストは海や川に投棄すると蒸発する空気とともに有害な繊維を飛散させ、放置すれば繊維が風に舞い、薬品でも熱でも無毒化できないやっかいな物質である。WHOやILOが明言するように、アスベスト関連疾患撲滅の基本は、アスベストを使わないことである。
 先進国でアスベストの規制が行われるようになったことから、アスベスト市場はアスベストに関する危機感が薄い開発途上国を標的とするようになった。WHOとILOは、途上国にアスベストの危険性、代替品、曝露予防、および関連疾患の診断・治療に関する知識を普及させることを、関連疾患撲滅のための方針の1つとして挙げている。

フィリピンで「アスベスト関連疾患撲滅のための教育プログラム」を実施

 2019年7月に、国連環境計画(UNEP)が出資し、WHOとILOが協力して「アスベスト関連疾患撲滅のための教育プログラム」がフィリピンで実施された。対象者はフィリピンの行政官と医師で、講師は世界各国から集まったアスベストの専門家である。著者は、「アスベスト関連疾患における患者と家族のケア」と「アスベストの危険性に関する市民への啓発活動」を担当した。
 フィリピンでは、アスベストに関する法規制がなく、建材、水道管、車のブレーキ部品などにアスベスト製品が使用されている。公的に発表された関連疾患患者はいないものの、すでに数十名の患者が現地の医師らによって中皮腫と診断されている。WHO西太平洋地域洋事務局環境労働衛生部のBonifacio Magtibay氏は、「フィリピンでは、保健においては感染症、労働衛生においてはたばこ問題が優先され、数十年後に発症するアスベスト関連疾患への危険性については問題認識が低い。近年ようやくアスベスト含有水道管を代替品へ交換することが決まったものの、作業を行う労働者の曝露予防やアスベスト廃棄方法が課題だ」と述べた。
 フィリピンでは、がんスクリーニングが実施されていない上、健康保険でカバーされない化学療法は一部の富裕層を除いて受けられない。資源が限られる国でこそ、アスベスト使用規制や曝露予防が有効であるし、がん治療を受けられない患者にこそ看護が重要である。
 このプログラムは、今後、タイとジンバブエで引き続き実施される予定である。
(文責:長松康子)

看護 2019年7月号 第71巻 第9号

WHO西太平洋地域事務局におけるインターンシップ

WHOのインターンシップで求められること

 WHOは、世界各国から若者のインターンシップを受け入れている。インターンシップは、職員候補生の試用期間ではなく、将来国際保健に貢献する潜在的人材の育成を目的に行われている。インターンシップによって、各国はWHOでの研修経験を持つ国際保健に適した多様な人材を蓄えることができるようになり、若い学生たちは、WHOという組織の役割や職員の業務を具体的に理解する機会を得ることができる。 WHOのホームページ1)によれば、インターンシップ参加の条件は、20歳以上かつ大学4年生以上の公衆衛生関連分野の学生で、WHOの公式言語を1つ以上話せること。研修期間は6〜24週となっている。筆者は自身の経験から、WHOでのインターンシップへの参加には以下の2つが不可欠であると考える。

1. 英語による読み書きおよびコミュニケーション能力が十分にできること。
2. WHOという職場で取り組みたい健康問題の課題が明らかで、それについての臨床や研究経験を有すること。

 世界中からWHOのインターンシップに応募する若者は、英語の読み書きおよび会話に堪能なことは当たり前で、さらにフランス語やスペイン語などの主要言語もできることが多い。残念ながら、日本人は言語で外国人インターンに絶対的に劣る。一方で、他国からのインターンが20歳を超えたばかりの若者が多いのに比べ、日本人インターンは大学院生が主流であるので、WHOで貢献できるとすれば、日本が高水準を誇る看護の経験をインターンシップに還元することである。 聖路加国際大学大学院・国際看護学教室では、修士の学生を2017年度より国際機関のインターンシップに派遣している。2017年度はWHO本部のService Delivery and Safety(患者安全)部に3月から5月の3カ月間、2018年度はWHO西太平洋地域事務局のThe Expanded Program of Immunization(予防接種拡大プログラム)部に8月から9月の2カ月間、それぞれ大学院生を派遣した。

 本学では、派遣先を学生の特性や希望に合わせて検討しており、2018年度の学生は、マニラでのフィールドワークや感染症に関する研究経験があったことから、西太平洋地域事務局のインターンシップに応募した。以下に、インターンシップに参加した大橋明日香さんの活動報告の一部を紹介する。
(文責:長松康子)

データについて考えを深める機会に

 WHO西太平洋地域事務局のThe Expanded Program of Immunization(予防接種拡大プログラム)部で、テクニカルオフィサーの高島義裕先生のご指導の下、インターンシップを行いました(写真)。西太平洋地域での今後の指針を決める会議に参加することで、世界の健康戦略を、実際に地域での取り組みに編成していく過程を学ぶことができました。また、B型肝炎国際会議に向けた「西太平洋地域における医療従事者に対するB型肝炎ワクチン接種」に関する発表資料作成のお手伝いをしながら、データ収集方法やデータの正確性について考えを深める機会をいただきました。
(文責:江川優子)

参考文献
1)World Health Organization:WHO internship programme. (https://www.who.int/careers/internships/en/)[2019.5.9 確認]

看護 2019年5月号 第71巻 第6号

児童虐待の撲滅のために─暴力を生み出す社会の仕組みに働きかける

深刻さを増す児童虐待

 わが国では、日々、児童虐待事件が報道され、大きな注目を集めている。厚生労働省によると、児童相談所における児童虐待相談対応件数は、調査が始まった1990年度の1101件から増加を続け、2017年度に13万3778件と過去最高を記録した1)。わが国の児童虐待への取り組みは1989年に国連で採択された「児童の権利に関する条約」の批准(1994年)から本格的に動き出した。しかし、20年以上の取り組みを経てなお、児童虐待事件が後を絶たず、深刻さを増している。

グローバルレベルの協働で児童虐待撲滅を

 児童虐待は世界的にも重大な課題である。WHOによると、4人に1人が幼少期に身体的虐待を、5人に1人の女性・13人に1人の男性が性的虐待を受けたことがあるという。また、1年間に4万1000人の15歳未満の子どもがなんらかの暴力により死亡しており、その多くは児童虐待によると推測されている。このような状況を受け、WHOは、児童虐待を早急に取り組むべき世界的課題であるとしている2)。児童虐待は、被虐待児の死亡は言うに及ばず、虐待を生き延びた児の心身の成長発達に深刻な影響を及ぼす。被虐待児は、抑うつ、肥満、薬物・アルコール依存、望まない妊娠、性感染症といった健康問題を抱える傾向がある。また、被虐待児は、自らが暴力の加害者となる可能性が高いという。つまり、被虐待経験は、児に生涯にわたる深刻な影響を残し、被虐待児自身と周囲のWell-beingを損なわせるという個を超えて社会へ波及していく問題である。
 WHOとInternational Society for Prevention of Child Abuse and Neglect(ISPCAN)による報告では、児童虐待は健康問題や社会問題であるだけでなく、一国の深刻な経済問題でもあると述べられている3)。被虐待児の治療、加害者への対応、被虐待児の保護、被虐待児が抱える健康問題への対応等、莫大なコストがかかるという。米国を例にとると、児童虐待にかかわる直接・間接のコストは、GDPの1%に上るといわれる。さらに、児童虐待はこれから生産年齢人口として社会を支える年齢層に深刻な影響を残す。つまり、次世代を担う人材の損失という国家存続の脅威となり得る課題なのである。
 WHOとISPCANは、上記のような深刻な影響を与える児童虐待を、「暴力」という大きなカテゴリーに位置づけ、その対策の必要性を訴えている。この分類は、児童虐待が単一の現象ではなく、「子どもへの暴力」「近親者間暴力」「青年期の暴力」「自殺(自分自身への暴力)」「いじめ」「高齢者虐待」などの社会に存在するさまざまな形の暴力と密接に関連しており、すべての暴力が同じ根を持つことを示している。すなわち、児童虐待は、虐待を行う親や養育者という個にのみ帰される問題ではなく、暴力を生み出す、あるいは、暴力という手段でしか声を上げられない個を生み出す社会の有様を映す1つの形と捉えられている。「児童虐待という暴力」が生み出される社会の素地に働きかけていく必要性が表明されているのである。
 児童虐待防止への支援は、加害者である親・養育者と被虐待児という個の差し迫ったニーズに応えるだけではない。人々の生活が営まれる社会の中に存在する暴力を生み出す仕組みを捉え、変容させていく取り組みが不可欠である。われわれが生きる現代社会は、地域や国家という枠組みを越えて影響し合う。つまり、地域や国という境界線を越えたグローバルな視座から暴力を生み出す仕組みを見極め働きかけていくことが不可欠であり、グローバルレベルにおける協働が求められているのである。
(文責:江川優子)

参考文献