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WHOプライマリーヘルスケア看護開発協力センター

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2019年度

看護 2019年5月号 第71巻 第6号

児童虐待の撲滅のために─暴力を生み出す社会の仕組みに働きかける

深刻さを増す児童虐待

 わが国では、日々、児童虐待事件が報道され、大きな注目を集めている。厚生労働省によると、児童相談所における児童虐待相談対応件数は、調査が始まった1990年度の1101件から増加を続け、2017年度に13万3778件と過去最高を記録した1)。わが国の児童虐待への取り組みは1989年に国連で採択された「児童の権利に関する条約」の批准(1994年)から本格的に動き出した。しかし、20年以上の取り組みを経てなお、児童虐待事件が後を絶たず、深刻さを増している。

グローバルレベルの協働で児童虐待撲滅を

 児童虐待は世界的にも重大な課題である。WHOによると、4人に1人が幼少期に身体的虐待を、5人に1人の女性・13人に1人の男性が性的虐待を受けたことがあるという。また、1年間に4万1000人の15歳未満の子どもがなんらかの暴力により死亡しており、その多くは児童虐待によると推測されている。このような状況を受け、WHOは、児童虐待を早急に取り組むべき世界的課題であるとしている2)。児童虐待は、被虐待児の死亡は言うに及ばず、虐待を生き延びた児の心身の成長発達に深刻な影響を及ぼす。被虐待児は、抑うつ、肥満、薬物・アルコール依存、望まない妊娠、性感染症といった健康問題を抱える傾向がある。また、被虐待児は、自らが暴力の加害者となる可能性が高いという。つまり、被虐待経験は、児に生涯にわたる深刻な影響を残し、被虐待児自身と周囲のWell-beingを損なわせるという個を超えて社会へ波及していく問題である。
 WHOとInternational Society for Prevention of Child Abuse and Neglect(ISPCAN)による報告では、児童虐待は健康問題や社会問題であるだけでなく、一国の深刻な経済問題でもあると述べられている3)。被虐待児の治療、加害者への対応、被虐待児の保護、被虐待児が抱える健康問題への対応等、莫大なコストがかかるという。米国を例にとると、児童虐待にかかわる直接・間接のコストは、GDPの1%に上るといわれる。さらに、児童虐待はこれから生産年齢人口として社会を支える年齢層に深刻な影響を残す。つまり、次世代を担う人材の損失という国家存続の脅威となり得る課題なのである。
 WHOとISPCANは、上記のような深刻な影響を与える児童虐待を、「暴力」という大きなカテゴリーに位置づけ、その対策の必要性を訴えている。この分類は、児童虐待が単一の現象ではなく、「子どもへの暴力」「近親者間暴力」「青年期の暴力」「自殺(自分自身への暴力)」「いじめ」「高齢者虐待」などの社会に存在するさまざまな形の暴力と密接に関連しており、すべての暴力が同じ根を持つことを示している。すなわち、児童虐待は、虐待を行う親や養育者という個にのみ帰される問題ではなく、暴力を生み出す、あるいは、暴力という手段でしか声を上げられない個を生み出す社会の有様を映す1つの形と捉えられている。「児童虐待という暴力」が生み出される社会の素地に働きかけていく必要性が表明されているのである。
 児童虐待防止への支援は、加害者である親・養育者と被虐待児という個の差し迫ったニーズに応えるだけではない。人々の生活が営まれる社会の中に存在する暴力を生み出す仕組みを捉え、変容させていく取り組みが不可欠である。われわれが生きる現代社会は、地域や国家という枠組みを越えて影響し合う。つまり、地域や国という境界線を越えたグローバルな視座から暴力を生み出す仕組みを見極め働きかけていくことが不可欠であり、グローバルレベルにおける協働が求められているのである。
(文責:江川優子)

参考文献